エスには珍しく、お客さんの決まっていない「分譲タイプ」の住宅です。
とある住宅会社さんからの依頼で、コンセプトデザイン&設計をさせていただきました。
僕は日頃から、たんなる売るための「ハコモノではない建売住宅」が必要。つまり、特異点としての「建築家物件」と、普通のユーザーのための「普通の物件」のあいだを埋めるものが必要だと思っています。
いわゆる一般ユーザー層への建売物件を建築家がデザインする…というのはどういうことなのか?
事業者にとっては「売れる」ことが最大目標であり、そして、「建築家」にそのデザインを依頼することによって商品性をあげることが事業者の目的です。それがまず前提。
そこで、我々、建築のありかたを考えるプロ(=建築家)が何をできるか?..というお話です。
さて、
ここでデザインを「表層のデザイン」と「環境のデザイン」とに分けて考えてみます。
まず「表層のデザイン」。
ずばっと断言すれば、建売住宅における「表層のデザイン」というは、商品内容を示す記号のデザインです。商品がどの購買層に向けられているか?を表現し、その購買層の意欲を刺激するためのパッケージデザインです。
そこでまず第一にデザインされるのは、言うまでもなく「外観」という表層です。
前衛的すぎてはダメ。時代遅れでもダメ。
今、そのときの一般的なセンスで共感できる範囲内(雑誌などの既存メディアを通じて定義されている範囲)で、購入者ターゲットに対してバランスよく設定される「商品スペック」としての「外観」。
それと「プラン(間取り)」や「インテリアデザイン」。
じつは外観デザインだけでなく、プラン(間取り)や、インテリアデザインも同様に「表層」なのです。
建売住宅というジャンルにおいて「プラン」「インテリア」も、住宅を「売れるもの」にするための商品スペックであり、すべては「表層」であると断言してもいいと思います。
ここまでが、「建築家」に託される一般的な業務範囲であり、「表層のデザイン」という領域。
ごく一般に理解される「デザイン」とは、ここまでの範囲です。
ではつぎに「環境のデザイン」。
「環境」とは、いわゆる「エコ」を扱う狭義な「環境」のことではありません。
上で書いたような目に見えるスペックとしての「表層のデザイン」に対して、「環境のデザイン」は、広告的にも表現しにくい、見えない(見えにくい)部分を扱う領域です。
わかりやすく表層に現れてこない潜在的なシステムとしての「環境」、そういうものを扱うデザインです。
だから「環境のデザイン」は、相応なリテラシーがない場合には誤解されかねない、難易度の高いものです。しかし実質的には、「街」のため、「住む」ためには、むしろこちらのほうが重要な領域なのです。
上で書いた「たんなる売るための「ハコモノ」ではない建売住宅、つまり、特異点としての「建築家物件」と普通のユーザーのための「普通の物件」のあいだを埋めるもの」とは、この「環境のデザイン(=潜在領域のデザイン)」に踏み込んだもののことです。
分かりにくいですね。
もう少しつきあって読んでください。
このプロジェクトで僕がとった「環境のデザイン」の手法とは、ただ一点。
「建物を大きくセットバックさせて、居場所としての「Alley」をつくること。」
下の写真は、今回の建て売り開発が始まるまえの風景。
専門的にいうと、この路地は「位置指定道路」として認可されていて、実際は4mの道路幅があるはず。ところが、この写真のように、あるはずの道路の上に無人の既存家屋と塀が立てられ、わずかに残された幅がこの奥の住民のための通路として使われていました。
R0018351re.jpg
ここをなんとか気持ちのいい場所に変えられないか?というのが、現地を訪れたときの僕の第一印象でした。
そこで少し近隣のエリアを探索してみると、この建設予定地の狭苦しい路地に平行して、何本かの別の路地が存在することがわかりました。しかし、それら別の路地は意外にも心地良さそうな環境をつくりだしています。
下の写真が、その別の路地の風景です。
決して広い空間ではないけれど、植物が植えられ、ラフに並べられたコンクリート板が何とも言えぬ心地よさを演出しています。上の写真との違いが分かりますか?
R0018405re.jpg
これがヒントでした。
今回、この場所で「環境のデザイン」の主題を、「路地の拡張=気持ちのいい「Alley」をつくること」としました。
既存家屋の解体と新しい住宅の建設にあたり、ただ必要とされる4mの道路幅を復元するだけではなくて、それ以上に「路地の心地よさ」をつくりだすために思い切ってさらに2m以上建物をセットバックさせることにしたのです。
さらに、近隣にある別の路地の心地よさとのネットワーク的効果により、エリア全体での居住性の向上をねらったのです。
この記事の冒頭写真(完成写真)をもう一度お見せしましょう。

工事前(2つ前の写真)とくらべて、完成後、デザインによって「環境」に何が起こったかを感じていただけるはずです。
ただ「建物が新しくなった」だけではなくて、公共の道ではない、私有の庭でもない、共用の居場所としての「Alley」に、新しい「場」を生み出す可能性が潜在しているのが分かりますでしょうか。
Alleyは、一戸建住宅の基本条件とされる「駐車スペース」を確保する..という商品スペックを一応担保しつつ、たんなる駐車場機能を超えた価値(たとえば植栽帯や、屋外テーブルを置く場所、こどもの遊び場)に変身できる空間をめざしています。
今回のLiving in Alleyプロジェクトは、4棟の一戸建住宅が立ち並ぶ計画です。
この「拡張された路地=Alley」では、互いの土地の境界線を明確に仕切らないことにしました。隣どうしを区切る塀を作っていません。そして4m幅の前面道路側とも仕切りがなくフラットに関係しています。
ある意味、場所の所有権を曖昧にすることによって「路地という環境」の持ち得る心地よさを再現し、空間が豊かに育っていくための素地をデザインしたのです。「私有地」という概念に対する挑戦でもあります。
ところで当然、このプロジェクトにも「表層」があります。
最初に「環境」という主題ありき。「表層」は、そのあとに考えることとしました。
表層のデザインは「主題」から導かれたのです。
外観は、いわゆる「カッコいい」の定義から大幅に逸脱しない範囲で、「居場所としての「Alley」をつくる」という主題を変奏されています。(意図的に逸脱させた部分もありますが、説明割愛)


ちなみに、このプロジェクトは、数社の設計事務所が指名されたコンペから始まりました。そこで見事、エスが選ばれたわけですが、いわゆる表面的な「デザイン性」ではなく、こうした別の視点からの「商品論」を事業者さんに見抜いていただけたからではないかと思っています。
プロジェクトの遂行においては、会社上層部からの「一般的な」指示も多々あったと聞いています。でもそれをはねのけて、潜在的な(分かりにくい)デザインの実現を後押ししてくださった担当者さんは、素晴らしかったと思います。
建売住宅は「商品」であるけれど、売れたらそれで終わり..、というわけではないと思います。
それから何十年もそこに在り続けて、街なみをつくり、その家に住む人や近隣の人たちの人生に関わっていく。
「建築家」が建売住宅を手がける真の意味は、その「売れたあと」、つまり未来へ続いていく「環境」をデザインすることにあるんじゃないかと思います。
今までは、「立地条件」「そこそこのスペック」「ブランド価値」という条件さえあれば、建売りもマンションもちゃんと売れてくれた。
でも、これからの時代、そういう簡単にはいかないと思います。
広い意味での「環境」。
それをきちんと考えていくことが、結局のところ「売れるもの」として認知されていくんじゃないかと、僕は考えています。
とくに、「建築家」が関わることが少ないこうした分譲物件は、比較的好立地なケースが多く、わりと中〜大規模なものが多いです。
だからこそ、最初に書いたように「建築家による特異点」と「普通の物件」とのあいだにあるべき手法をもう少し開発していくべきじゃないか..と思う次第なのです。
建築家こそ、これに「攻めの姿勢」で取り組んでいくべきだと思います。
意欲ある事業者様、お気軽にご連絡ください。^^
・・
ところで、完成してすぐに、一番手前の建物(黒い外観のもの)がすぐに売れました。
4棟の「顔」になる建物ということで、非常に苦心してデザインしたものです。速攻で売れた..という情報を聞いて正直ほっとしました。
さらにその直後、購入者の方から直接メールをいただき、喜びの声とともに暮らし方の相談などをやり取りさせていただきました。
分譲物件や賃貸物件などを設計したあと、その居住者の方から直接ご連絡(喜びの声)をいただくことが時々あります。本当に嬉しいです。
その「喜びの声」を届けてくださる居住者の方たちは、きっと「表層のデザイン」だけではなく、もっと大切な「環境のデザイン」に無意識であれ気がついてくれたんだと僕は思います。

(初出:OPEN-G 日記・2014年10月)


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【Living in Allay】
都心の狭小住宅・木造3階建て・スキップフロア